野生の思考

「この瞬間に美余は思う。美余は、あたし、あの人波を割りたい、と思う。それは衝動ではない。もっとシンプルなものだと美余はわかる。美余は、そう、シンプルだ、とわかっている。わかるからわかっている。実余はデリを出る。あるデリカテッセンの店内カフェから、品川駅のコンコースに出る。そこにはラッシュがある。夕方から夜にかけての帰宅ラッシュが。美余は歩き出す。通行の側をめちゃくちゃにして、歩きはじめる。それでも人波の一部となっただけで、割れない。美余は、あたしちいさいから、と思う。美余は、自分の年齢と性別と高さと形を自覚して、思う。だったらあたし、と美余はシンプルに決断する。歩いたら負けるから、あたし、と決意している。美余は、「走る」と声に出している。そして美余は走る。コンコースを走り出す。何もかもが割れる。一瞬にして、コンコースの分類のことごとくが割れる。下りの階段があって、美余はそれも駆け下りる。罵声を浴びて、無視する。そのまま美余は海まで走る。品川駅から東京湾までは二キロもない距離だから。」

古川日出男「MUSIC」より長々と引用しましたが、今朝トイレで読んでいる際に無性に走り出したくなってしまいました。共感?共鳴?感化?同化?なんでかはわからないけれど、無性に、激しく思いました。

そして直後に思い浮かべたのが、カラックスの映画「汚れた血」でドニ・ラヴァンが深夜の街を徘徊している最中にいきなり駆け出すシーン。カメラは真横からドニを捉え、疾走し、飛び跳ねたり側転したり小柄な体をめいいいっぱい使って「愛」を表現するのです。そして、それまでのシーンをぶった切るかのようにいきなり流れ出すDAVID BOWIEの「モダン・ラヴ」が映像と科学反応を起こし、映画の中で最も印象に残るシーンとなったのです。

古川日出男「MUSIC」の装画は黒田潔。自然や動物をモチーフとした生命感溢れるタッチは勿論この小説に合っている。僕のIPhonケースも動物をモチーフにしたこいつを選びました。つねに携帯しているもの、身につけているアクセサリーなどにはなにかしらきちんとした意味をもたせたい(結婚指輪が究極かもしれませんね)僕としては、疾走感・野生感というのは大切なキーワードになるのです。

David Bowie-Modern love